皆さん、こんにちは(^.^)
私は、時々患者様から
「先生は、元々手先が器用なんですか?」とか
「手先仕事が好きなんですか?」」などと
聞かれることがあります。
いえいえ、私は、不器用だし、手先仕事は、どちらかというと嫌いです(・_・;)
患者様が私にそう聞くのは、鍼灸師になったのはなぜ?という問です。
答えは、視覚障害者になったからです。
中途障害だったので自分の進む道は限られていました。
今までやってきた仕事や習慣、
執着を切り離して新しい道に進む決意をしなければいけなかったんですね(^。-)
これは、今思うと私が自分で導いた「運命」だったんだと思います。
よく、「宿命」と「運命」という言葉を混同して使われると思うのですが、
微妙に、意味が違うんですよね。
宿命とは、宿る命と書きますから自分ではどうにも買えられないこと。
運命とは、運ぶ命と書きますから自分で運ぶか、
あるいは、他人が運んできてくれるものと考えます。
例えば、私が、視覚障害者になったのは、変えられない宿命です。
そして鍼灸師になったのは、
自分で導いた「運命」だと思います。
鍼灸師になろうと自分で行動し、
他人(家族や友人)が協力して運んできてくれたものだからです。
変えられない宿命は、受け入れ、
変えられる運命は、変える努力をする
「宿命」に従い「運命」を作るんです。
運ぶ命と書くように、自分の力で運び、
動かすように行動するのです。
そうしているうちに、神様が出会う人や様々な経験、仕事、学校、結婚などを、
運命として導いてくれるのです。
それは、すべて自分しだいです。
自分からアクションを起こすことで、
命をどう運んでいくかを自分で知らず知らずに
導いていくことができるからです。
これって
「人事を尽くして天命を待つ」
みたいな感じ?(^.^)
コロナ騒動によって、なくなった物や、出来なくなったこと、
執着を手放して、
残された健康、人、今何ができるのかを考えるいい機会
自分の生活になくてはならなかった本当のものに気づいてほしい。。。
世の中がまるっきり違う状況になってしまっても、
今までの思考、習慣、執着をリセットして、
新たなものに価値を見出してほしい。。。
と、私自身、全盲に近づいている中で、
コロナ以前から自分に言い聞かせていることです。
死ぬまで生きていかなければいけないのだから。
今日も一日すべての事柄に感恩報謝です。(^_-)
コメント一覧