運命の善意…③

こんにちは♪ 鍼灸師 園梨(ゆかり)です。

鈴木 秀子さん著「運命の善意」の第3話です。

これまでのお話はこちらから

運命の善意…①
こんにちは♪ 鍼灸師 園梨(ゆかり)です。 鈴木 秀子さんの著作「死にゆく者からの言葉」から、感動の第二弾です。 ---------------------------------------------------------...

運命の善意…②
こんにちは♪ 鍼灸師 園梨(ゆかり)です。 鈴木 秀子さん著「運命の善意」の第2話です。 第1話はこちらから ----------------------------------------------------...

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この日の午後にみゆきさんのお見舞いに出かけました。

みゆきさんは私の顔をみるや否や、
「今朝おばあちゃんの夢をみました。おばあちゃんが亀に乗ってね、
私を迎えに来てくれたんです。私も、もうそろそろってことなのかもしれませんねぇ」
そう言ったのです。

一瞬耳を疑いました。
私がその日の朝聞いた新聞の話をしようとしていた矢先だったのです。
私はゆっくりと深い思いを込めながら、毎日新聞の記事の話をしました。

「浦島太郎の話も本当は実話なのかもしれませんねぇ。」私には本当にそう思えたのです。
昔もそんなふうに亀に助けられた人がいて、タイとかバングラディッシュの方に
流されたのかもしれませんね。

そしてそこで珍しい異国の文化に触れ
手厚いもてなしを受けて人々の温かさに包まれたのでしょう。
どうにか帰国できたとしても時間がかかり、故郷に帰りついた時は、
当然家族は変わり昔親しかった隣人たちもすでに年老いていたのでしょうね。

鎮痛剤が効いていたせいもあったのでしょう。みゆきさんの体から痛みは消えていました。
あの日泣けるだけ泣いた時から人が変わったように穏やかになりました。

心の中の塊が溶けて涙とともに流れ出してしまったようなさわやかさです。
私の話に目を輝かせていました。
しばらくしてみゆきさんは、しみじみした声で言いました。

「おばあちゃんがおまえを亀の背中に乗せて竜宮城に送ってあげたいねぇと言った真偽は、
私を邪魔者扱いしたのではなかったんですねぇ。
それどころかせっかく生まれてきたのだから、温かい人たちと心の通い合う場所に
行かせてあげたい。本当はそう願っていたのだと思います。」

私は強く彼女の手を握りしめました。感動でひとつの言葉もでませんでした。
彼女は自分の思いを深めていきました。

竜宮城って言うところはみんなで楽しく歌って舞って、
共に食べ物を分かち合い心が通い合う安らぎのある世界なんでしょうね。
おばあさんはあなたにそういう人たちに囲まれて、
そういう気持ちで生きていってほしいと望まれたと感じていらっしゃるのですね。

「そうなんです。でも私はそれとはまったく逆の一生を送ってきてしまいました。
誰かに心を許せば人は土足で心の中に踏み込んでくる、
うっかり親しみをみせれば裏切られ、そして人を信用すれば痛い目にあう。
だからそんなことにならないように人に弱みを見せず必死で身構えて生きてきたんです。」

みゆきさんは病気になったことでもはや身構えを保つことはできなくなり
今まで武器にしていたものは取り上げられ身ぐるみ剥がされてしまったのだと語りました。

そしてこうして苦しい思いをしている今、おばあさんがしみじみ思いだされ
おばあさんこそが竜宮城に住む人のごとく自分に心を通わせてくれる人だったのだと
理解できたのだと語るのでした。

「おばあちゃんは私のことが不憫でかわいそうで、ついおまえを竜宮城に送ってあげたいねぇ。
そう言わずにはいられなかったのでしょう。そしてなんとか愛情で包んでくれようとしたのです。

それなのに私は、おまえは望まれずにして生まれたきた。
そう口にしたおばあちゃんを逆恨みし、許せずにいました。

おばあちゃんがそれを口に出していおうが言うまいが、私は周りの雰囲気から
とうに気づいていたと思うんです。自分の存在は望まれてはいないということを」

みゆきさんのおばあさんはもうだいぶ前に亡くなっていました。
けれどもおばあさんのその思いがこうして最後の時に彼女の支えとなり
心をよみがえらせてくれたのです。

「もしかしてこの世の中は亡くなった人とでも心が通じ合っているのかもしれませんね。」
みゆきさんはふいにそう言いだしました。

私たちは次のようなことを話し合いました。
人は何気なく生きているようで、でも体は一皮むけば血管が秩序だって流れ、
臓器が一定の調和のもとに動いている。

この大宇宙もなにか大きくて完璧な秩序の中にあるのではないのだろうか。
そしてそれが時として偶然として形で我々の前に現れ、
その必然性を示してくれているのではないか。

亀に助けられた話も偶然ではなく、何か深いところで今のみゆきさんが必要としているものと
結びついているのではないだろうかと。

みゆきさんは、病人とは思えない明晰さで疲れもなく話し続けたのでした。

「私にとっておばあちゃんは、大亀です。
こうして溺れて絶望のうちに沈んでいこうとした私を下からすーっと救いあげて
背中に乗せて明るい日差しのもとに浮かび上がらせてくれたのです。」

生きるとは孤独なもので自分ひとりだけがたよりだと考えてきた彼女は、
こうしてその思い違いに気付きました。

「世の中は根底ですべてが結びついていると思うのです。
こちら側の思いはあの世の人たちに伝わるのではないでしょうか。
私の思いはおばあちゃんにも神にも伝わっていたのだという気がします。」

私はみゆきさんの話を聞きながら、
志賀直哉の書き残した“盲亀浮木”という作品を思い出しました。

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次回に続きます。
お楽しみに(;_;)/~~~

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