運命の善意…①

こんにちは♪ 鍼灸師 園梨(ゆかり)です。

鈴木 秀子さんの著作「死にゆく者からの言葉」から、感動の第二弾です。

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みゆきさんはバリバリのキャリアウーマンでした。
大学を出て以来大手の出版社で仕事をし、恵まれた才能を生かし続けてきました。

しかし49歳の時に突然ガンに侵されてしまったのです。
気付いた時にはすでに全身に転移し、末期で非常な苦しみに襲われました。

九州生まれの彼女は18歳の時から親元を離れ、
東京暮らしを続け一度結婚はしたものの短期間で離婚したために
30年近くをひとりで暮らしてきました。

都会暮らしは元気なうちは自由で快適であってもいざ病気となると勝手が違ってきます。

入院して以来、みゆきさんはどうして自分だけがと絶望に陥ってしまいました。
見舞ってくれる人たちの親切な気持ちをはねつけ、若い看護婦の失態をののしり
病院の医療の実態のむごさを克明にあげつらうのです。

見舞客の足は遠のき、当然のことながら益々彼女は孤独になって行きました。
人相さえもあこぎになりかつての華やかさと美しさは消えうせていたのです。

みゆきさんを見舞ってほしいと知人に頼まれた時、私は気が進みませんでした。
みゆきさんとは面識はありましたが親しいわけではなかったのです。

それに彼女のそうした状況を聞くにつけ、
恨みや怒り、憎しみに付きまとわれている彼女のもとに私が行ったところで
何ができるだろうかという思いが大きかったのです。

不安でした。しかし知人の熱意に動かされ彼女の病室を訪ねて見ることにしたのです。

初めてみゆきさんを見舞った時、
私はとにかくその息苦しさに耐え、自分を抑えるのに精一杯でした。

彼女は私に対して怒りをぶつけてきたのです。
窪んだ目をぎらつかせ宙を見据えて歯ぎしりしながら運命に対する恨み、
社会情勢に対する不平不満を並べ立てました。

私に向かい聖人面して神様を信じているようだけど神様なんているはずがないし、
たとえいたとしても何も悪いことをしていない自分をこんなひどい目にあわせるなんてと
まくし立てたりもしました。

その言葉は慇懃でしたが内容は罵詈雑言であり、
私はいかに墨を浴びせかけられた気分を味わい続けました。

その場にいるだけで不快感はつのり、工場の真っただ中で毒ガスばかりを吸い込み
公害のどす黒い煙で胸の中が汚染されていくような息苦しさを覚えていたのです。

二度目の時もそうでした。
世の中や私に向けられている怒りの矛先はすでに周りの人たちに向けられていました。

彼女の口から出るのは九州からわざわざ駆けつけてくれた妹さんがいかに愚図でだめか、
看護婦さんたちの対応の仕方がいかになっていないかとの悪口のみでした。

しかしそれは看護婦さんたちの若さと、健康な人への嫉妬と羨望の表現だったのです。

無理もないのですがみゆきさんの心は、
自分の病気を受け入れられないという苦しみと不満、
どうにもならない怒りとに凝り固まっていたのです。

3度目に訪ねた時には多少なりとも気弱なところも見せ始めましたが
突然すごい勢いで怒り出したりもしました。

目を据えて恨みつらみを述べまくるその形相はすさまじいものでした。
そのまま死んでいったなら幽霊となって化けて出そうな迫力に満ちていました。

彼女のもとを訪ねる私の足取りは重く、たとえ見舞っても
みゆきさんの体に手をあてて祈ろうなどという気持ちにはとてもなれませんでした。
私にできることはそばにある椅子に腰をおろし無言で彼女の話を聞いているだけでした。

みゆきさんの病状が悪化し、腹水がたまり最後が近いという段階になっても
私はまだ渋々という心境から抜け出せずにいました。

それでも2,3度行ったきりで行かないというのも中途半端と思いなんとか出かけて行ったのです。

みゆきさんは衰弱し、以前のように怒り狂う元気はなくなっていました。
そのかわり、どうせ自分はすぐ死ぬのだとか葬式などする必要はないとか、
小さい時から自分は誰からもかわいがられず認めてもらえず、ずっと孤独だったと
ひがみっぽくぐちぐちと言い続けるのです。

しきりに運が悪い運が悪いと繰り返していました。
自分は本当に運が悪く皆からも捨てられ続けてきた。
いい運命のもとにある人もいるのになぜ自分だけが辛い運命に居続けなければいけないのか、
世の中は不公平だというのが彼女が繰り返す愚痴のメインテーマだったのです。

その日も私は自分の中に湧きおこってくる不快感に耐えるだけで精一杯であり、
言葉をかけることもましてや彼女の手を握る勇気もなくただベッドの脇の椅子に座っていました。

しかし彼女があまりにも運が悪いを連発するので、
つい「運が悪いって生まれ落ちた時から運が悪いってどういうことですか?」と
口をはさんでしまったのです。

その言葉で電流に貫かれたように、みゆきさんは激しく私の方を振り向きました。
その異常なまでの反応に驚いている私の顔を眼を据えて凝視していました。

何がおこったかわからない私は、
老婆の死霊に突然魅入られたような恐ろしさで混乱するのみでした。

それは地底の闇の中の終わることのない沈黙の時間に感じられました。
私がもう耐えられないと思った時、突然なにかが起こったのです。

みゆきさんは目をつむりました。今度は私がみゆきさんをじっとみつめました。
目を閉じた彼女の表情がいつもとはうって変わって穏やかに静まっていくのを眺めていくうちに、
私も平静さを取り戻し始めました。

やがてみゆきさんは細く開けた目を天井に向けまま、
自分の中を探る感じでとぎれとぎれに話し始めました。

彼女は低い声で幼いころの日々をたぐりよせているようでした。
一言話しては暗闇に沈み込み、そこから次を話し始めるまで長い時間がかかりました。

私は彼女の手をいつの間にか握っていました。
思わず口をついた私の質問は、みゆきさんにとってまるで“ひらけごま”の力を持つ
特別なキーワードと思えました。

彼女は自分の一生の根の部分から話すことで、
この時間を通してもう一度自分の一生を生き直しているかのように見えました。

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次回に続きます。
お楽しみに(;_;)/~~~ 

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